
私の営業人生は2年間を除き全てフルコミッションという報酬体系の会社でした。
当然ですがフルコミの場合、売れなければ収入がゼロどころか経費分マイナスになるんですね。
ですから、売れないと思った瞬間に飛ぶ人や、サラ金で借金まみれになる人など、悲惨な人を数多く見てきました。
その中でも、印象的だった出来事があるのでお話させて頂きます。
※ この訪問販売物語のシリーズは、営業マンのみなさんの参考になればと、私の過去20年間の営業人生(BtoCのとき)を出来るだけリアルに振り返った物語です。
真面目で根性はあるが売れない新人営業マン
平均単価100万円の学習教材を初めて会った人に1時間半から2時間の相談で即決する。
これが出来る営業マンになれる人はなかなかいません。
私も新人のときはそうだったのですが、社アポは先月の営業成績順に振り分けられるので、新人営業マンは自アポで行先を作り営業成績でのし上がるしか生き残るすべがないんです。
こんな環境ですから、1週間とか長くても1ヶ月で辞めてしまう人が多かったのですが、久々に根性があるというか我慢強い若手営業マンがいました。(以下、その営業マンのことをSさんと書きます)
Sさんは、見た目も性格も大人しい感じの人で、「何でこんな人が弱肉強食で猛獣だらけのフルコミ訪販会社にのこのこと入社してきたんだろう?」と思うようなタイプです。
その会社は「営業職人の集まり」のようなところだったので、基本的に手取り足取り教えるようなことはありません。(読むのに1時間以上かかるマニュアルは丸暗記させられましたが…)
しかし、Sさんの頑張りが周りに伝わったのか、私も含めて営業所のメンバー全員がいろいろと教えてあげたりしていました。
Sさんが突然飛んだ
ところが、ある日突然事件が起きました。
所長が「白井!ちょっといいか!?」と呼ぶので何事かと思って所長室に入ると、「Sが飛んだから、Mと一緒に自宅まで行ってきてくれ」と言うじゃないですか。
全く辞めるような素振りが無かったので驚いたのですが、それと同時に「何で借金取りみたいなことをしなきゃならないんだよ(汗」とドン引きしました。
ただ、この日所長は私とMさんに社アポを振るつもりはないので、オフィスにいてもしょうがありません。
「じゃあ、Mさん行こうか!」
そういうと、営業所から1時間くらいのSさんの自宅に向かいました。
居留守に対してとった行動とは
Sさんの自宅は横浜市瀬谷区のアパートの2階。
所長から、「引きずってでも連れてこい!絶対に逃がすんじゃねえぞ!」と言われていたので、「借金の取り立てってこんな感じなのかな…」と思いながら玄関チャイムを鳴らました。
ピンポーン・ピンポーン♪
私は飛び込み営業の経験が豊富だったので人の家に訪問するのには慣れていましたが、この日は変な緊張感がありました。
「う~ん、留守なのかな…」
所長から「居なかったら帰ってくるまで待っとけ!」とも言われていたので、「マジかよ、ここから張り込みかよ…」と思っていたら、Mさんがこう言いました。
「白井さん、あそこの窓から入れます!私が行きますから白井さんは玄関前で見張っていてください!」
さすがにそれはまずいと思いましたが、私が止める間もなくMさんは窓から入ってしまったんです。
「おいおい、どうなっちゃうんだ…」
心配しながら待っていると、1分後くらいに「ガチャ」と玄関が空きました。
中を見ると、窓から入っていたMさんと、気まずそうにしているSさんが立っていたんです。
突然の激しい逆切れ
居留守を使っていた負い目からでしょうか。
他人が勝手に踏み込んできたのに、Sさんは落ち着いた様子。
2DKのキッチンにあるテーブルに男3人が座り、気まずい空気の中で私はこう切り出しました。
「Sさんさ、辞めるにしても、一言もなくバックレるのはよくないんじゃない?」
それに対し、Sさんは数分間沈黙して下を向いていましたが、突然奥の部屋から財布を持ってきて、中に入っている小銭をテーブルにぶちまけてこう言ったんです。
「これが今の全財産なんだよ!分かる!?これじゃあ営業所に行く電車賃にもならねえだろ!!!」
それは職場では絶対に見せたことがないようなSさんのブチ切れた姿でした。
「白井さんに失礼だろ」と言うMさんを制して、私はゆっくりとこう言いました。
「金銭事情は分かった。だけど、今まで世話になった所長に挨拶も無しに辞めていくのが正しいことだと思うのか? 辞めたいから引き留めるようなことはしない。ただ、男なら最後に筋を通せよ」
多分、そんなことはSさん自身がよく分かっていたのでしょう。
「すみません…」と泣き崩れました。
男と男の約束
しばらくしてSさんが落ち着いたころに、MさんがSさんに言いました。
「じゃあ、これから一緒に来てくれるか?」
すると、Sさんはこう言ったんです。
「すみません、気持ちの整理をしたいので時間をください。明日必ず伺いますので…」
Sさんは犯罪を犯したわけでもありませんし、連行するようなことはしたくありません。
Mさんは、「白井さん、本当にいいんですか?所長は『連れてこい』って言ってたじゃないですか!」と言っていましたが、私はSさんを信じることにしたんです。
「分かった。じゃあ、明日必ず来いよ。あと、これ営業所までの電車賃だから」
そういってテーブルに1000円札を置いてSさん宅を出ました。
所長に報告の電話を入れると、「もし、Sがバックレたらお前に責任を取ってもらうぞ!」と言われたので、「大丈夫です。必ず明日行くと思いますので」と言い切りました。
翌日、Sさんは約束通り営業所にやってきました。
もしかしたら、甘いと思う方もいるかもしれませんが、その場で連行するようなことをしなくて良かったと思っています。
まとめ
フルコミッションの営業会社で、本当にいろいろな経験をしました。
正直、ブログには書けないことも多いです。
ただ、私は大企業の恵まれた環境の営業マンではなく、厳しい環境の訪販の世界から営業のキャリアをスタートしたことを本当に良かったと思っています。
確かに辛いことも多かったですが、人間のドロドロした部分とかを間近で垣間見る経験なんてなかなかできないですからね。