【訓話】群盲象を評す!から学ぶべきこと

仏教、イスラム教、ヒンドゥー教、ジャイナ教などで教訓として使われているお話。
群盲象を評す

ビジネスマンの訓話としても使えるお話しですのでご紹介します!


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群盲象を評すの内容

像
各宗教によって解釈の仕方が若干違いますが、ストーリーに違いはほとんどありません。
まずは、以下の引用を読んで自分なりの解釈をしてみましょう!

足を触った盲人は「柱のようです」と答えた。尾を触った盲人は「綱のようです」と答えた。鼻を触った盲人は「木の枝のようです」と答えた。耳を触った盲人は「扇のようです」と答えた。腹を触った盲人は「壁のようです」と答えた。牙を触った盲人は「パイプのようです」と答えた。それを聞いた王は答えた。「あなた方は皆、正しい。あなた方の話が食い違っているのは、あなた方がゾウの異なる部分を触っているからです。ゾウは、あなた方の言う特徴を、全て備えているのです」と[1]。

出典:群盲象を評す – Wikipedia


とても短い話ですが、なかなか考えさせられますよね。

群盲象を評すの解釈いろいろ

ここからは、群盲象を評すの話をもとに、いくつか解釈をしてみますね。

真実はひとつでも、人によって真実が違う

企画部門や生産部門、営業部門も、いい商品やサービスを世に広め、会社の業績を上げるという同じ目標に向かって頑張っているにも関わらず意見の対立は起こります。

これは、どんな会社でも例外はありません。
でも、これって「群盲象を評す」の話そのものだと思いませんか?

自分の価値観だけを判断基準にするのではなく、相手には相手の価値観や考え方があると認めてあげる必要があることを学ぶことが出来ます。

本当の真実を知る重要性

私は営業マネージャーとして売れない営業マンの指導をしてきました。
そして、判ったことがあります。

それは、売れない営業マンは、本当の売れない原因が判っていない(勘違いしている)ということです。

群盲象を評すの話には、ゾウを触っているのに「綱のようだ」「扇のようです」「壁のようです」と全く違う答えが複数出てきます。

これと同じで、「アプローチかな?」「ニーズが足りないから?」とか「クロージングが弱いのかな?」といった小手先のテクニック部分に売れない原因があると勘違いしている場合が多いんですよね。

ただ、ゾウは形として存在しますが、営業は形がないので、見たり触ったりできません。
勘違いをする人が多いのはしょうがないかもしれませんね…


当ブログは営業ブログですので営業を例に出しましたが、本当の真実を知ることが出来ていないがために無駄な努力をしているケースは、どの業界でもよくあることです。

広い視野を持つ必要性

以下の引用をみてください。

ルーミーはこの詩を「視野の狭い者は、手の感触で物を知ろうとしているに等しい。手の感触では物事の全体は分からない。各々がロウソクを持っていれば、認識の違いは無くなるのに」と結んでいる[8][9]

出典:群盲象を評す – Wikipedia


ルーミーは、ペルシャ人の詩人でスーフィズム教師。
「暗闇の中のゾウ」と少し話を変化させて詩にしてたのが上記の内容です。

「俯瞰する」という言葉をよく聞きますよね。
鳥の目線のように「物事を少し離れて上から見る」ということを意図的にするクセをつけると視野が広くなります。

そして、もうひとつ大切なのが上記引用内に出てくるロウソクの存在。
暗闇を照らしてくれるロウソクは、ビジネスの現場では上司やマネージャー、実際に結果を出している先輩社員。

暗闇の中で手探りしても、なかなか真実には辿りつけないことを認識しましょう。

本日のまとめ

最後にもうひとつ。

「群盲象を評す!かぁ~。朝礼の訓示として話そう!!」
こう思った方に注意点があります。

それは、訓話がどれだけ素晴らしくても、聞く人間によって解釈が違うということ。
まさに「群盲象を評す状態」ということを忘れてはいけません。

ですから、ミーティングで参加者全員が感想を述べる機会を作るといいですよ。

自分の意見を押し付けるよりも、自由に思ったことを言える雰囲気さえあれば千差万別な意見が出てきますので、ミーティング参加者は勝手に学んでくれます。

以上、【訓話】群盲象を評す!から学ぶべきことでした。


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