営業人生の分岐点!?ルートセールスに就職 -MSH第17回-

ブドウ畑の画像

人生、何があるか判らないですよね。今日はそんなお話。


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最初は、「フリーターではなく社会人になりたい」というような微妙な動機で始めた訪販でしたが、しばらく続けているうちに自分の中にモチベーションが2つ生まれてきました。



「究極の営業力を身に付けたい」

「営業力を付けて、いつかは独立したい」



まぁ、抽象的ではありますが、若いなりに目指すところが出てきていたんですよね。



ところが、人生何があるか判らないもの。

母親が癌になったという知らせが耳に入ってきたのです。



このMSH(My Sales History)のシリーズを読んでくれている方はご存知かと思いますが、私は自転車で家出した事があります。

まぁ、若気の至りというか、理不尽な父親への反抗というか、とにかく家から出たかったんです。



しかし、家出してからというもの実家には顔を出さないどころか、電話の1本も入れない状況が何年も続いていました。

そんな中、突然の母の病気の連絡。しかも、癌です。



私は、長男ですのでめちゃくちゃ責任を感じました。

「あの、理不尽な父親から逃げ出して母親任せにしたからストレスで癌になったに違いない」



手術当日。



無事手術は終わりましたが、手術室からベットに寝たまま出てきた母親の弱弱しい姿と、手を握った時のゴツゴツした感触。

「この手で俺を育ててくれたのか…、今まで、心配ばかりかけていたからな…」

恥ずかしい話ですが、初めてこんな事に気が付いた瞬間でした。



そして、いろいろ考えた結果、私はひとつの大きな決断をします。

「田舎に帰って仕事を探して、母方の実家を守る」

※ 実は、母方の実家は女系家族で後継ぎがいないので、長女である母の長男の私は、小さい頃から「田舎に来ないか?」と言われ続けていました。ただ、子供の頃から川崎市で育った私としては、友達も知り合いも居ない超ド田舎に行く気が全く無かったので、断り続けていたのです。



せめてもの親孝行のつもりでした。

しかし、母の実家がある山梨県には本当に仕事がありません。



私としては、実力主義の訪販の仕事を探したのですが、求人自体が少なくて「やりたい」と思えるような会社がありません。

そこで、私はしょうがなく「ルートセールス」の仕事を選ぶことにしました。



私の長い営業人生の中でも、歩合給ではない会社はこの2年間だけです。



しかし、結果から言えば、ルートセールスは楽ではありませんでしたし、いろいろと勉強になる事もありましたので、次回からは少しルートセールスについてお話ししていこうと思います。



もしかしたら、このブログの読者にルートセールスの営業マンがいるかもしれないですしね。


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