「人間は考える葦である」から営業マンが学ぶべきこと

人間は考える葦である

フランスの思想家「パスカル」が残した格言で、私が好きな言葉のひとつです。

足

今日は、この有名な格言から営業マンが学ぶべきことについてお話しします。


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人間は考える葦であるの意味

まずは、今日のお題である人間は考える葦であるの意味を確認しておきましょう。

人間は自然の中でもっとも弱い一本の葦みたいなものだが、それは考えるという能力をもった存在だということ。

出典:考える葦 – 故事ことわざ辞典

上記の葦(植物の名前として読む場合は「ヨシ」とよむ)がどんな植物か知らなかったり、判らない方もいると思いますので、以下に写真を用意しました。

葦(植物)

この格言においては、葦は弱いものを意味していて、人間を葦に比喩することで「人とは弱いもの」ということを表しています。

では、「考える」は何を表しているのでしょうか。

大木などは風に立ち向かうように堂々と立っていますが、耐えきれない風に襲われたときや、繰り返し強風に襲われると折れてしまいます。対照的に葦という植物は少しでも強い風が吹くと、その風に身を任せてしなって倒れます。一見すると風に屈服したように感じますが、風が収まると徐々に体を起こして元の姿に戻る…

このような厳しい環境に適応している葦に対し「考える(ことができる)」という言葉を使ったわけです。


人生はずっと平穏無事で過ごしたいと思っていても、ときには激しい雨や風が襲って来たり、運命に翻弄されてしまうこともあります。しかし、知恵を絞り考えることで、人は乗り越えていける存在なのだということを言いたかったのでしょう。

営業マンは考える足

さて、ここからが今日の本題ですが、「人間は考える葦である」という言葉を営業マン風にアレンジすると「営業マンは考える足である」がしっくりきます。

確かに、植物の葦のように環境に適応することはビジネスにおいても重要ですが、おとなしく待っているだけだと何も起こりません。

葦は自らの根っこによって、その場に居続けることが宿命づけられてしまっていますが、営業マンは自らの足で好きなフィールドに自由に移動して勝負することが可能です。

ですから、営業マンは考える足というのがピッタリです。


そうそう、私は2年間だけルートセールスも経験したことがあり、取引先のお店を回っていたときにつくづく感じたのが、自由に動き回れることの素晴らしさでした。

当たり前のことですが、お店というのは自由に歩き回ることは出来ません。

火山活動が活発化した箱根のような状況になってしまうと、後は状況が変わるのを待ち続けるしか手が無くなってしまいます。

その点、営業マンは自由ですから、この利点を生かさない手はありません。

考えながら足を使え!

私は営業マンに対して、「ただ、動けばいい」とも「考え続ければいい」とも言いません。
「足を使いながら(歩きなが)考えろ!」と言いたいです。

昔ながらの根性論営業マンは「とにかく動け!」っていうタイプが多いし、最近の若者を中心とした合理的な考えの営業マンは「考えてから行動したい」と言ってなかなか行動を起こさない。

そうじゃなくて、両方やりなさいよって思うんですよね。

闇雲に動き回るだけでは、明後日の方向に言ってしまうリスクがありますし、行動が伴っていなければ、いくら考えても机上の空論でしかありません。

営業の仕事というのは、一歩外に出たら「どれだけ動くか」「何をするか」に関しては自分で決めることが出来る自由を与えられているわけです。

これを活かさない手はありません。

本日のまとめ

営業マンは考える足である。

ネットを見たら「営業マンは考える脚である」っていう「脚(きゃく)」という漢字を使っているブログなどを見かけましたが、私は一歩一歩という意味を込めて「足」がピッタリだと思いました。

成功に向かって、毎日着実な1歩をすすめたいものですね。


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