24TV「はなちゃんの味噌汁」を観て

昨日、たまたまTVをつけたら夏休み恒例の24時間テレビがやっていて、その中のドラマ「はなちゃんの味噌汁」というドラマを観ました。

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私の母は66才で癌で他界したので、これ系のドラマを観ると身につまされる思いがします。

今日は営業の話とは少し離れますが、どうしてもこのドラマなどについて話したかったのでブログで取り上げますね。


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24時間テレビやドラマに対する賛否両論

年末の紅白歌合戦と同じく、夏休みのテレビ番組の代表的なものといえば24時間テレビですよね。

24時間テレビに関しては、「ボランティア番組でありながら出演タレントが高額のギャラをもらっているのはどうなんだ?」という声(噂?)がありますよね。

また、その中で毎年必ず放映されるドラマ。難病にかかってしまう主人公とその家族などを描く物語に「感動する」といった声もあれば、「(自分も過去に似たような経験があるから)観ていて辛い」とか「健常者の自己満足」といった声まであります。


まぁ、人それぞれ送ってきた人生や背負っているものがありますので、感じ方に関しては違って当然だと思いますが、私の個人的な感想は「辛かった…」の一言。

母親が亡くなったのは今から1年8ヶ月前なのですが、ドラマを観ていたらいろいろなことをつい昨日のことのように鮮明に思い出しました…

「フラッシュバックってこういうことを言うのかな」ってくらいです。

あれ系のドラマから学ぶこと

ああいう「病気で亡くなる系のドラマ」に関して、「感動した」とか「涙が止まらなかった」などという感想がツイッターなどでは沢山あります。

もちろん、何も感じないよりはいいのでしょうけど、実際に自分の大切な人がいなくなるような経験をしたことがある人は単純に「感動した」という感想にはなりません。

実際、自分の母が亡くなったときは、あまりのショックや喪失感から、全く涙は出ませんでした。(落ち着いてから、止められないくらい涙が出ましたが…)

完全に時間が止まったような感覚に陥ったことを覚えています。


こればっかりは経験してみないと解りませんし、経験したとしても人それぞれ感じ方が違うと思いますので、何一つとして同じケースはないと思います。

ただ、平和な日常が永遠と続くことは絶対になく、いずれは自分の身に降りかかるわけですよね。人間に寿命がある以上、そこからは逃げることは出来ません。


今の世の中は、とにかく大変なことや辛いことを遠ざけるような風潮がありますが、決して逃げることが出いないことはありますし、もし、そういう大変な状況を迎えたときは逃げ出さずに歯を食いしばって頑張って欲しいですね。


また、「亡くなったシーン」などを観て涙を流す人も多いですし別に悪いとは言いませんが、普段何気なく送っている日常のありがたさというか、そっちにも感動できるといいと思うんですよね。

健康で元気なときや、楽しくて充実しているときは、当たり前に日常を送れているという奇跡を忘れてしまいます。

でも、こうして私達が平和に暮らしている一方で、戦争や紛争に巻き込まれている人たちや、毎日食べていくことすら困難な人たちも沢山いるわけです。

実際、母を無くして思ったのは、「もっと普段からいろいろ話をしておけばよかったな…」とか、日常のことなんですよね。

「どうして思うようにいかないんだろう…」
「私はこんなにしてあげてるのに…」

こんなふうに思っている人って沢山いると思いますが、普段何気なく当たり前に過ごせている日常に感謝をすることが出来れば、不平不満のほとんどがつまらないことだって思える気がするのですが…


本日のまとめ

最期に私の母が亡くなったときのことをもう少しお話しします。

母は肺がんだったのですが、抗がん剤治療のかいもなく病状は日に日に悪くなっていきました。

ある日、主治医の先生から呼び出されてこう言われます。

「残念ながら、お母さんの余命は1ヶ月です。また違う抗がん剤を使うことも出来ますが、使えば苦しむことになりますし、薬の影響でご飯も味がしないと思います。そこで、もう一つの方法… ホスピス治療に切り替ええることも出来ますが…」

簡単に言えば、最後通告。「助かる見込みはないので、せめて残りの余命を充実させてあげることも出来ますよ」という主治医からの提案です。

「どうしますか?」

身内で長男の私に主治医の先生が質問してきましたが、「自分のことなら決められますが、母のことですので私は決められません…」と言いました。

すると先生は「そうですね、それで当然だと思います。では、お母さんに直接お話しして決めてもらいましょう」ということになりました。


数日後。

「なんの話だろうね…」
多分、自分の体のことは母自身が一番分かっているので、いい話ではないと感じていたのでしょう。不安そうな母と一緒に主治医のいるカンファレンスルームへ行きました。

先生は、今の現状と今後の対応について静かに説明をはじめました。

当然、息子の私としては「母親に一日でも長く生きていてほしい」という希望がありますが、これまでずっと抗がん剤治療などで苦しんできた様子を見てきたので、軽々しく「頑張ろうよ」とは言えません。もし、母がホスピスを選んだら、その選択を尊重しようと思っていました。


先生の説明が終わって、しばらくの沈黙の後、母は静かに答えました。

「先生、可能性があるのであれば、最後まで頑張りたいです」

その後、新しい飲み薬タイプの抗がん剤を使いましたが、残念ながら効果はなく母は66年の命に終止符を打ちました。


正直、母が亡くなる前年は父が首を吊って自殺していますし、その当時の私には「どうしてこうもいろいろ重なるんだろう…」という不幸が次々と襲ってきました。

恥ずかしい話ですが、ポッキリ心が折れて「死のう…」と思ったこともあります。

それでも、何とか踏みとどまってやっていられるのは、最後まで癌と闘い続けた母親の存在があるからだと思います。もしかしたら、最後の私に対する教育だったのかもしれません…


あっ、すみません。感じたことを書いていたら長くなってしまいました。
思ったことをそのまま書きましたので、まとまりのない内容だったかもしれません。

この文章はカフェで書いているのですが、これ以上書くと涙が出てきそうなのでこの辺でやめておきます。


そういえば今日は8月31日ですね。

明日からも頑張らなくっちゃ。


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