「目配り・気配り・心配り」は大人になったら出来るできないのレベルの問題ではありませんし、論じるにも値しない常識です。

こんなことを書こうと思ったのは、ご存知かもしれませんがTwitterの以下のツイートが賛否両論になっていることを知ったからです。

新人とラーメン屋に行ったら自分の分だけ水を持ってきたので「先輩への心遣いも必要だよね」といったら「お水はセルフサービスです」と返された話が賛否両論

出典:新人とラーメン屋に行ったら自分の分だけ水を持ってきたので「先輩への心遣いも必要だよね」といったら「お水はセルフサービスです」と返された話が賛否両論 – Togetter


この後、このツイートや賛否両論になっている件に関して持論を述べますが、是非、読者の方がどう思ったかも知りたいので、記事下のコメント欄に率直なコメントをお待ちしています!

スポンサーリンク

目配り・気配り・心配りで全て解決できる

セルフサービスの水

このツイートもそうなんですが、こういうことって気配り・目配り・心配りが出来ていれば起こらないんですよね。

確認のため、気配り・目配り・心配りの意味についてそれぞれ簡単におさらいして起きましょう!

  • 目配り:相手の様子を細かい点まで注意をして確認すること
  • 気配り:相手が求めていることを想像し、先回りして行動を起こすこと
  • 心配り:相手の立場を配慮した行動をすること

気配りと心配りは似ていますが、気配りが自分の立場の目線で行うことなのに対し、心配りは相手の立場も考えて行うという違いがあります。


例をあげてみます。

コンビニで買い物をするときに、「買い物袋の中にカレーライスのお弁当を縦に入れられた」とか「熱いものと、アイスクリームを一緒の袋に入れらた」などの経験して違和感を感じたことがあります。

細かいと思いましたか?

私は、正直ガッカリしちゃうんですよね。
「こんなことすら気が付かない人が増えてきちゃったんだな・・・」って。

「アルバイトのすることだから」と言えばそれまでですし、「時給稼ぎのコンビニバイトにサービスを求めるな」と思う方もいるかも知れませんが、何の目配り・気配り・心配りもないのってどうなんでしょうか?

「いやいや、アルバイトだからであって、大切な人が相手だったり、状況によってはちゃんとしますから!」

こういう考えの人もいると思います。

ただ、一事が万事という言葉がある通り、そんなに都合よくはいきませんよ。

普段から意識していないのに、目配り・気配り・心配りがちゃんと出来る人間を私は見たことがありませんからね。

論じている事自体に違和感

今回のラーメン屋の水ツイートについて、喧々諤々論じていること自体に違和感を感じるのは私だけでしょうか。

「自分の考えが正しい!」
「何で他人からとやかく言われなきゃならないの?」

こんな許容範囲のせっまい大人がはわんさか存在する世の中になってしまいました。
いつから日本はこんなに民度が低くなってしまったんでしょう。

自分が「目配り・気配り・心配り」が出来ない・出来ていないことを棚にあげ、一丁前に自己主張だけはご立派になさるなんておめでたいもいいところです。

暇なんですかね?

とにかく、そんなことを論じるくらいなら他にやることないのかと言いたいですし、偉そうに論じる前に「目配り・気配り・心配り」をしろと思います。

最後に

あなたはどう思いましたか?

「白井さんは間違ってますよ!」でも構いません。
ご意見をコメント欄に残していってください!