働き盛りの中高年のニートが何十万人もいる一方で、人出不足倒産が増えているというなんとも不思議な状況が続いているのはご存知ですよね。

安倍内閣は、経済復活の戦略の一つとして「働き方改革による雇用の流動化」を掲げていますが、現状を見る限り成功はしていません。

理由は、方向性は間違っていませんが致命的なところがあるからです。

本当に成功させたければ「学歴・肩書撤廃」という社会にする必要がありますが出来ていませんよね。(というか、しようともしていませんが…)

今日は、営業のコツなどではありませんが、ビジネス関連の話題として取り上げたかったので、この件についてお話しします。

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学歴の恩恵に預かるのもいい加減にしろ

利己主義

遊びたい盛りの青春時代に、机に向かって勉強した努力を否定するわけではありません。しかし、それにしても「学歴の恩恵に預かり過ぎ」の人がだらけ。

そもそも大学卒業の資格がなければ、大企業には面接すらしてもらえないという現状があるわけですから、学歴の恩恵は就職できた時点で十分過ぎるほど受けています。

日本の景気が良くならないのは、大企業の社員の多くが「大卒の安定志向」であり、その安定志向人間が、必死になって自分の立場を守ることばかり考えているからにつきます。

政治家も公務員も同じ。

学歴がなくても優秀な人材やとんでもないバイタリティーをもった人材は山ほどいます。

しかし、本当に雇用が流動化して、学歴や肩書などの価値が下がってしまったら、今後定年まで安定して収入を得続け、たっぷりと退職金を貰い、必要ないほどの多額の年金を死ぬまでもらい続けるという人生計画が狂ってしまうので、学歴・肩書重視社会が都合がいいわけです。

こんな自分のことしか考えていない人間が、日本の上層部を固めてしまっているのですから、働き方改革とか雇用の流動化と言ったところで「キャッチフレーズ」として機能するのが関の山でしょう。

学歴・肩書撤廃には多くのメリットがある

学歴・肩書を撤廃すると多くのメリットがあります。
いくつか具体例をあげてみますね。

貧困層や移民にもチャンスが与えられる

東大合格者を出す家庭の半分以上が世帯年収1000万円超だという情報は有名ですので知っていますよね。

もちろん、本人の資質や努力が全く関係ないとは言いませんが、「学歴は金で買える世の中」というのが現状です。

そうなると、経済的な理由で「進学塾に通えない」「中高一貫の私立に入学できない」という家庭に生まれてしまった子供や、それ以外の何らかの理由で大学まで進学できない子供は、国家公務員や一流企業への道は閉ざされたに等しいことになります。

また、今すぐに実現はしないかもしれませんが、日本の急激な人口減少を鑑みれば「移民受け入れ」の方向に遅かれ早かれ舵を切るタイミングがきます。

しかし、日本の大学に留学できるような比較的裕福な家庭の外国人生徒などは別としても、それ以外の移民は「ベビーシッター」「家政婦」「飲食店」「肉体労働」などの重労働だったり、薄給の仕事でその日暮らしを強いられることになります。

こんな夢のない国に、果たして移民はどれだけやってくるのでしょうか。

学歴・肩書を撤廃すれば、このような人達にチャンスが回ってくるわけです。

ニートや高齢者を労働者として活用できる

「親のすねを出来る限りかじっていたい」「年金で悠々自適に暮らしたい」という「働きたくない人」がいるのも事実ですが、その一方で「働きたくでも、学歴もキャリアもなく再就職が難しい」「シルバーセンターでアルバイト・パートの延長のような仕事しか貰えない」という現状があるのも事実です。

誤解を恐れずに言いますが、いい大学を出ていい企業に就職している人の中には、大企業にぶら下がっているだけの人材も沢山います。

そういう人間は、「やり直したい!」「頑張りたい!」という人間と入れ替えて組織の新陳代謝を促進すべきです。

隠れた優秀な人材を発掘できる

妊娠・出産・子育てのために会社を退職する女性の中には、非常に優秀な人材がいるにも関わらず「数年間のブランク」がネックになって、以前のような活躍の場を与えてもらえないというような現状があちらこちらにあります。

これは、持論ですが、かなりの専門知識が必要な専門職であれば、それなりの学歴がある人材が適任ですが、ほとんどは仕事は「業務を通じて覚えれば何とかなる」ものだらけです。

堀江貴文さんも「バカな人の方が成功できる」と言っていますが、学歴がなくてもリスクをとることを恐れない人材やバイタリティーに満ち満ちた人材などは世の中にいくらでもいます。

学歴や肩書(キャリア)の撤廃と同時に、ブランクによって不利にならないようにもした方がいいですね。

何度でも再チャレンジできる社会を

日本は、一度レールを外れた人や、変わった経歴の人間に非常に冷たい社会です。

でも、考えてみてください。

生まれた家庭の経済状況によって将来が決まってしまうだけでなく、一生チャンスすら与えられない社会ってどうなんでしょうか。

日本の大学は入るのが難しくて、卒業は誰でも出来る(最近は、一部のトップ校を除いて入るのも簡単になってしまいましたが…)と言われていますが、会社もそんな感じでいいのでしょうか。

やる気のある人間には何度でもチャンスをあげ、その代わりに結果がなければクビという社会の方が絶対に健全です。

「一度失敗したら終わり」だから自分の立場を守りたくなるわけです。何度でもチャンスを与えてくれる社会だったら、自分に向いていない仕事や嫌な人間関係の職場で定年まで我慢し続ける必要もありませんし、もっと、チャレンジする人が増えるでしょう。

ただ、既得権益にしがみついている人達が受け入れないでしょうから実現は不可能に近いと思いますが…

結局、そんなことをしていて、日本社会が衰退し続けたら、学歴や職歴、既得権益云々言ってられないと思うのですが、高学歴のエリートって頭がいいのか悪いのかわかりませんね。